(平成29年7月11日追記)
この記事へのアクセスが多いようなので、新たな判例を掲載しておきます。現在及び今後の銀行実務がどうなるのかは分かりませんが、預貯金が遺産分割の対象となることが明確になったからには、各相続人からの法定相続分についての預貯金の払戻し請求には応じなくなるものと思われます。

共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる(最大決平成28年12月19日)。

以下は、上記最高裁大法廷決定の前に書いたものであり、現在の取扱いと異なるところがあるのでご注意ください。

法定相続人が2名以上いる場合、各相続人は、遺産に対して各人の法定相続分に応じた権利を持ちます。それならば、遺産分割の協議が成立していないときに、相続人中の1人から銀行に対して、自分自身の法定相続分相当額の預金を払い戻すよう求めることはできるのでしょうか。

下記の最高裁判決によれば、「相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割される」とあります。

相続人が数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する(最判昭和29年4月8日)。

そして、銀行預金は可分債権ですから、相続人中の一部から、その法定相続分の払い戻しを請求することは可能であるはずです。次の判例によっても、可分債権については「共有関係に立つものではない」とされていますから、自らの法定相続分の払い戻しを受けることは当然に可能だと考えられます。

相続財産中に可分債権があるときは、その債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではないと解される(最判平成16年4月20日)。

けれども、無条件に一部の相続人からの払い戻しに応じてしまったとすれば、後になって遺言書の存在が判明した場合などに問題が生じる恐れがあります。そこで、後日の紛争を回避したいがために、他の共同相続人の同意がない限り応じられないとの取り扱いをしている例もありました。

次の地裁判決のように、相続人全員の同意等がなければ払戻を実行しないとの取り扱いを認めない裁判例もありましたが、それでも、全ての銀行が一部の相続人による預金の払い戻しにすんなり応じるわけではなかったと思われます。

金銭債権である預貯金の払戻請求権については、相続人全員の同意等がなければ払戻を実行せず、一部相続人からの訴訟提起とその判決によって、ようやく払戻を行うといった運用が、一部金融機関で行われているとのことであるが、かかる運用は、可分債権である預貯金払戻請求権の性質を軽視するものであり、また、預貯金者に訴訟提起といった時間と経済的負担を強いるものであって、不適当な運用というべきものであって、かかる運用が商慣習として確立しているものとは認められない(東京地判平成18年7月14日)。

しかし、下記の大阪高裁の判決では「相続人の1人による普通預金の払戻しの拒絶が不法行為に当たる」と判断しています。

この裁判例は、預金払戻に至る個別具体的な事実関係を踏まえた上での事例判断によって、預金の払戻しの拒絶が不法行為に当たるとしているものであり、他の事例が該当するとは限りません。それでも、このような裁判例のあることで、それまで拒否していた銀行が請求に応じやすくなるかもしれません。

大阪高判平成26年3月20日

被相続人の普通預金について、子であるAが自己の法定相続分の限度で預金の払戻しを求めた場合において、他の相続人の同意がない限り預金の払戻しには応じられないなどとして払戻しを拒否したY銀行の不法行為責任が認められ、預金払戻請求訴訟の提起および追行に要する弁護士費用相当額の損害の賠償が命じられた事例

被控訴人は,母の死亡による相続開始によりA及び二女が法定相続分2分の1宛の割合に従って当然に分割取得し,Aが本件預金の2分の1の払戻しを受ける正当な権限を有し,法律上Aの本件預金分割払戻請求を拒むことができないことを十分認識していながら,Aの本件預金分割払戻請求に対し,後日の紛争を回避したいとの金融機関としての自己都合から,他の共同相続人である二女の同意ないし意思確認ができない限り応じられないという到底正当化されない不合理な理由を構えて頑なに拒絶し,殊更故意に控訴人の本件預金債権に対する権利侵害に及び,控訴人をして,本来不必要であるはずの本件訴訟の提起並びにその追行に要する弁護士の選任及び弁護士費用の負担を余儀なくさせ,財産上の損害を与えたものであるから,このような行為は,銀行の業務の公共性や預金者の保護の確保を旨とする銀行法1条の目的に反することはもちろん,遅くとも本件預金分割払戻請求があった日から、さらに払戻手続に要するであろう期間2か月程度が経過すれば,その時点において,本件預金の単なる債務不履行の域を超えて,不法行為が成立するものと認めるのが相当である。

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